スタートアップの世界では、長いあいだ「労働集約より資本集約を目指せ」が定石でした。人手に比例してコストが膨らむビジネスより、一度作れば低い限界費用で広がっていくビジネスのほうが、強くて速い。僕がSaaSをやっているのも、根底にはこの発想があります。一度作ったソフトウェアは、使うのが一人でも一万人でも、固定費は大きく変わりません。

ところが、AIがここまで台頭してきた今、僕はこの定石が逆転したと考えています。AIの恩恵がいちばん大きいのは、人手のかかる労働集約的なビジネスのほうだと。そしてこれは、頭の中だけの仮説ではありません。僕は会社ごと、この考えに賭けています。今回はその話を書きます。

(現実的にはビジネスを労働集約・資本集約のどちらかに決めきることはできず、部署やオペレーションの粒度にもよります。以下は各社に当てはまるものではなく、一般的な話としてお読みください。)

なぜ「労働集約のほうが効く」のか

理屈はシンプルです。AIは、実質的に「ソフトウェアの限界費用で買える労働力」だからです。

資本集約的なビジネス、たとえばSaaSは、もともと労働の量がボトルネックになりにくい構造をしています。ユーザーが増えても、それに比例して人を増やす必要がない。だからAIを入れても、効くのは「開発が速くなる」「運用が楽になる」といった上積みの改善にとどまりがちです。土台はすでにスケールするようにできているので、AIは伸びしろの一部にしか触れません。

一方で労働集約的なビジネスは、構造の弱点がまさに「労働の量」にあります。売上を伸ばそうとすれば人を増やすしかなく、人を増やせばコストも管理の手間も増え、出力が人数で頭打ちになります。このいちばん痛いところに、AIは直接効きます。これまで人を雇わなければ得られなかった出力を、AIエージェントが実行まで行えるようになった今、ソフトウェアに近いコストで追加することができる。同じAIでも、資本集約に対しては「上積み」、労働集約に対しては「構造の作り替え」になる。受け取れる恩恵の大きさが、そもそも違うのです。

人件費という、重くて減らせないコスト

人を雇えば、当然そこに人件費が発生します。そして、より多くの営業利益を残すという企業の至上命題に対して、この人件費はずっしりと重くのしかかってきます。

一つ、具体的な数字を見てみます。前職であるサイバーエージェントの、直近の決算資料からの引用です。直近の四半期を見ると、販売管理費508億円のうち、人件費は148億円。およそ29%を占めます。しかも業務委託費は「その他」に分類されているため、実際に「人」へ支払われた金額は、これよりもう少し多いと見るのが自然でしょう。

ここで大事なのは、人件費が「一度膨らむと簡単には減らせない」コストだという点です。企業は雇用を守らなければならず、業績が振れたからといって、人件費だけを身軽に増減させるわけにはいきません。構造的に、下がりにくいコストなのです。

一方で、AIありきで始まった会社は、実行の多くをAIに振ることで、この重くて減らせない人件費を極力低く保ったままスケールする、という戦略を取れます。人を増やして出力を伸ばすのではなく、AIに実行を任せて出力を伸ばす。増やしたら簡単には減らせないコストを、はじめから背負わずに済む。これは後から真似しようとすると難しい、AIネイティブな会社ならではの構造的な強みだと思っています。

一人でSaaSをやって気づいた、ねじれ

このことに最初に気づいたのは、実際に会社の運営を始めてからでした。

僕の会社はSaaSなので、建前としては資本集約的なビジネスです。けれど、一人で会社を回す実際の毎日は、驚くほど労働集約的な作業で埋まっています。問い合わせ対応、営業、経理、バックオフィス。どれも、こなした分しか進まない、人手に比例する仕事です。プロダクトのコードという「資本集約な核」よりも、その周りを取り囲む労働集約な雑務のほうが、時間で言えばずっと多いのが実情です。

そしてAIで救われたのは、この労働集約な部分でした。コードを書くスピードも上がりましたが、それ以上に大きかったのは、本来なら数人で分担するはずの雑務を、AIと分担することで一人で抱えきれるようになったことです。具体的には、自作した営業ツールによってPCを開いているだけで裏側でアウトリーチを進めることができたり、SEO関連での仕込みや計測などは最初の設定もまるっとAI頼りで、週次で勝手に起動してレポーティングと改善の反映をするまで設定してあります。

つまり、資本集約な看板を掲げた会社の中で、AIがいちばん効いたのは、紛れ込んでいた労働集約な仕事のほうだったというわけです。土台がスケールする核には大きく効かず、人手に縛られていた部分にこそ効く。この「ねじれ」を肌で感じたことが、最初のきっかけでした。

だから僕は、労働集約な領域に賭けた

このねじれに気づいたとき、僕は事業の選び方そのものを、この考えに合わせました。

僕がやっているCS Copilot.aiは、企業のCS(カスタマーサポート)担当の工数を一人以下にする、というコンセプトのプロダクトです。CSは、あらゆる会社の中でもとりわけ労働集約的な機能です。問い合わせが増えれば人を増やすしかなく、出力が人数に縛られる。だからこそ、AIがいちばん効く。僕は「AIは労働集約に効く」という仮説を、自分が解く課題そのものに据えました。最も人手のかかる機能を選んで、そこをAIで潰しにいっています。

いちばんおいしい領域は、たぶん地味なところにある

ここから一段、一般化してみます。

AIが労働集約に強く効くということは、これまで「スケールしないから」と敬遠されてきた、地味で人手のかかる領域こそ、AIで構造が変わる伸びしろが大きいということです。資本集約的なソフトウェアの世界より、人手に頼りきってきた仕事のほうが、AIで資本集約に近づけられる余地が大きい。

もし何かのビジネスを見ているなら、おすすめしたい見方が一つあります。その事業を「スケールする核」と「人手に縛られた領域」に分けてみることです。多くの人は核の自動化に目を向けますが、AIの投資対効果がいちばん高いのは、たいてい後者、つまり誰もが「ここは人がやるしかない」と諦めてきた部分です。

資本集約を目指してきた僕が、一人でSaaSを回す中でいちばんAIに助けられたのは、労働集約な部分でした。そしてその気づきに賭けて事業を選び、いまそれが回り始めています。AI時代にいちばんおいしい領域は、たぶん、これまで一番敬遠されてきた地味なところにあるんじゃないかと思います。


本連載はnoteでも公開しています。最新回はこちらから読めます → note『AIと会社を作っている男』